「レッドアローとスターハウス もうひとつの戦後思想史」 著 原武史

「レッドアローとスターハウス もうひとつの戦後思想史」 
著 原武史

西武線を背景に東京の政治思想史を私鉄沿線の単位から読み解いた本ですが、これはなかなか興味深い作品でした。
政治意識が強く、元々共産党などの革新勢力の地盤であった旧国鉄の中央線は、戦争で壊滅的な被害に遭ったあとも、政治的意識が高い沿線でした。
特に中野周辺は今も共産党の支持率が高いことで有名ですね。
一方でロンドン郊外の田園をイメージして五島慶太によって作られた東急沿線は、富裕層が集まり、保守的な政治勢力の地盤となっていきます。
そして本書のテーマとなっている西武沿線。西武新宿線と西武池袋線の二つの線によって挟まれた地域は、世間的には顧みられることが少ないのですが、こうして見てみると、確かに独特な発展の仕方を見せているんですよね。
ちなみに表題となっているレッド―アローは、西武線の特急の名前であり、スターハウスはもっとも人気のあった団地の形式ですね。

ポイントは間違いなく、西武グループの創始者である堤康治郎の意向です。
そもそも堤康治郎は、新米、新自民党でした。
彼が狙ったのは、沿線のテーマパーク化と学園都市化であり、あくまで自社の利益ばかりを追求する、典型的に資本主義に沿った経営を目指していました。
ただこの路線が失敗してしまいます。
一橋大学の招致を目指した大泉学園も、新宿線の小平学園もどちらも結局大学を招致することが出来ず、半端な計画になってしまうんですね。
ディズニーランドを目指して作った西武園も、沿線の人々にとっては馴染みの深い場所となりましたが、他の地域から人が押し寄せてくるようになるまでは至りませんでした。
東急が自社の沿線の土地をどんどんと買収し、分譲住宅として開発して行ったのに対して、西武は沿線の開発に対して、最初の躓きから興味を失って行ったんですよね。

そしてそこの未開さに目をつけたのが、戦後の住宅不足の解消のために作られた日本住宅公団です。
日本住宅公団がソ連のモスクワ近郊に真似た大型団地を大量に西武線沿線に作って行ったことにより、沿線が開発されていくとともに、沿線の政治思想の傾向も醸造されていったというわけなんです。

団地はそもそもソ連のやり方をコピーしたものであるので、その空間は当然均質的なものとなります。
また経済的にも似通った人が集まるので、自然と平等思考が強くなります。
そしてそのほとんどが西武池袋線と新宿線の間の地帯の雑木林を開発して作られたものであるので、西武バスを使わらなければ駅にも行けず、使うスーパーも西武系列のものとなるという陸の孤島です。
西武によって生殺権を握られる状況となるので、団地住民からしてみると、西武への物価闘争やインフラ開発の陳情が生きるための手段になっていきます。
しかも、西武池袋線沿線にはサナトリウムが数多くあり、すでに共産党の支持率が高い清瀬市を有しているので、団地の誕生によって沿線区域が赤化していくのは、むしろ自然だったんですよね。

ソ連邦の崩壊により、もちろんこうした政治的な空気はかなり薄まってきましたが、今現在も団地の自治会には、共産党の影響が強いところが多いですし、東京の他の地域を比べても、共産党支持率は高いです。
こうしてみると、確かに沿線の成り立ちや歴史によってそこに住む住民の考え方や政治意識が変わってくるというのは事実であり、こうした視点から政治というものを見ていくというのも大事だと思いました。
実際、西武線沿線は大型団地によって開発されてきた地域なので、団地が老朽化し建て直しが進む中で、団地住民の高齢化も進み、もはや少子高齢化の先端を走っている地域であるといっても過言ではありませんしね。
突きつけられている課題に対して、今後地域の住民や西武グループがどのような形で取り組んでいくのか、またはただ斜陽に任せるだけになるのか。その先を注視していくことが重要な地域となっていきそうですね。